supercijpn

graphic design, web design, photo, animation, movie, and education.

#opencafe #tables #chairs

#opencafe #tables #chairs

— 4 hours ago
#chairs  #tables  #opencafe 

nubbsgalore:

male mouthbrooding jawfish — such as the mottled (seen in the third photo with spikes on the side of its head from a fireworm attack), the yellowhead, the banded, and the cardinalfish seen here —  use their mouths to protect their eggs until the fry hatch. 

mouthbrooding fish are able to produce smaller numbers of offspring with a higher chance of survival than species that offer no broodcare. the males, however, are not able to eat during this period of incubation (which can last anywhere from one to three weeks), but will open their mouths, spitting the eggs out and then sucking them back in to keep them clean and aerated. 

photos by (click pic) nicolas terryshigeru harazaki, steven kovacs, keri wilk, michael patrick oneilll and marcello di francesco 

(via h0515e)

— 1 day ago with 1827 notes

yofune:

狐の嫁入り用ご祝儀袋の夏版を描きました。
朝顔と、水引はニラです。

秋版と春版も載せてみました。あとは冬だけ。

(via h0515e)

— 1 day ago with 251 notes
"すごく…ものすごく悩み、考えさせられる記事がありました。

フジテレビ「ワイナドショー」でコメンテーターを務めるダウンタウンの松本人志さん。少し前の話で申し訳ないのですが、その中での一コマ。
先月18日にお父様を亡くした松本さん。確かにそのニュースはテレビでもネット上でも流れました。
そのニュースを受けて、週刊誌の取材陣が

松本さんのお母様の元に取材に行ったそうです。

コメントを求めたのでしょうね。で、先月31日の放送で、その行為に対して松本さんが激怒。週刊誌記者のその行為に対して

「親父が死んでまだ心身ともに完全に立ち直っていないおばあちゃんを取材しに行くというね、ほんまお前らはゲスのゲスやな!」

かなりきつい言葉です。テレビ上ではなかなか聞けないほどの厳しいコメント。当然、この松本人志さんのコメントはいくつもの媒体でニュースとなりました。下記はマイナビニュースです。

松本人志、父の死の直後に母を取材する記者を非難「お前らゲスのゲスやな」

本当にその通りですよね。松本さんのお気持ち、とても良く分かります。そんな

ゲスのゲス

な取材を13年間やり続けてきた僕としては、一言の反論も出来ない気持ちです。


まだ入社して2年目か…3年目だったかなぁ…。
王貞治さんの奥様が亡くなられたのですよね。当時、朝の情報番組でリポーターとして働いていた僕は、当然、即時呼び出しを受け、取材に急行しました。
向かった先は王監督のご自宅でした。
時間は夜のなんと11時。あまりにも非常識な時間です。

非常識なタイミングで、非常識な時間で…。しかも、そんなコメントをもらっても、一体何人の視聴者の方々が喜んでくれるのか…。

ピンポンするのはかなりためらわれます。でも、そうこうしているうちに、他社も何社も集まってきました。週刊誌の記者たちまで集まってきました。

局アナなの、僕だけ。

もう、僕がやるしかない訳ですよ。夜中の11時半とかですよ?しょうがない。ピンポンしました。ゲスと言われようと、最悪だ、と言われようと、それが僕たちの仕事なのだから。奥様が亡くなった、その日に王監督のご自宅のインターホンを。
その時とられた王監督の態度は、僕が2000回近く行ってきた現場取材の中でも、特に印象に残っているものです。忘れられないですよね。あの時の王さんの一言目は。

「あぁ…」

低い声で、そう言った後、なんと自宅から出てきた王監督は、やや疲れた顔をしながら、こうおっしゃったんです。

「こんな夜分に、天気の悪い中、私事でお騒がせしてしまいました。大変申し訳ありません」

そう。その日、雨が降ったりやんだり、で。天気悪かったんですよね。もちろん、インタビューの時は止んでましたけどね。まさか、奥様が亡くなられて、いきなりカメラ回されて、マイク向けられて、まず最初に僕らに対してこれ程の「礼儀」をもって接することって、普通の人間、出来るでしょうか。

「こんな時に、本当にご無礼をお許し下さい。一言、コメントだけでも頂きたいのですが…」

僕の言葉に対して、王監督はその時の思い、妻への感謝、応援してくださるファンの皆様へのコメントを話してくださり、「さまざま、準備がございますので…」と家の中に戻られたんですよね。

なんだか、罪悪感で申し訳なくて申し訳なくてね。
僕はいつの日か、この王監督のとられた態度を皆様にご紹介したかったんです。こういう機会にお話できて良かったです。王監督、カメラの回っていない所でも、僕は最も尊敬する野球人です。


松本さんのおっしゃってる事は本当に正しいです。
松本さんは少し顔をゆがめながら、怒りをもってこうおっしゃってました。

「ちょっとまってくれ、せめて1カ月くらい置くとかね。言うたって、こないだ終わったとこじゃないですか」
「そんなことじゃなくて、いま素人のおばあちゃんを相手に、取材にこの状況で行くことが信じられない」

松本さんのおっしゃってることは間違いなく正しいんです。ですが、どうか分かっていただきたいこともあります。多分、松本さんのお母様のコメントをもらいに行った記者も、心の中で何十回も頭を下げてると思います。

せめて1か月。

日本人は1カ月もたってしまうと、本当にニュースなんてほとんど忘れちゃいます。そんなに時間をおいてからコメントをもらっても何の意味もないんです。松本さんがテレビ上でお母様の話などを一度もしていなかった場合、多分その記者さんは家になんて行ってないと思うんですよね。
でも、松本さんは、お兄様をはじめ、テレビ上でけっこう家族ネタをお話しになる方です。
お父様がお亡くなりになったのなら、僕たちは行きます。それが取材です。王監督のご自宅に向かう時に、ディレクターに言われた言葉が今でも僕の頭の片隅には残っています。

「辛いのは分かるけどな、そもそも俺らテレビやマスコミなんて、世間の鏡でしかないんだぞ?」

そう。世間で望まれてもいないような話なんて、撮ってきても使えない。逆に、どんなにゲスであったとしても、世間が求めるコメントであれば、僕たちはそれを撮ってこなければ。だって、僕らが撮らなきゃ、世間の皆さんは「知る」ことすらできないのだから。

きっと、松本さんのお母様のコメントをもらった記者さん、あの日の「ワイドナショー」を見ながら、何度も何度もテレビ画面に対して謝ってたと思います。その気持ち、本当に良く分かります。そして、僕らゲス一同、松本さんのおっしゃってる事の方が正しいことも良く分かってます。

本当に難しいですよね…。そうして、今日もまたテレビや週刊誌は作られているのです。"
ゲスの中のゲス (via petapeta)

つまり、テレビを観ている私たちは、ゲスのゲスのゲス

(via takenao)

— 1 day ago with 89 notes
"

家電量販店ではよく、

「インターネットをお探しですか?」

「インターネットをお探しでしたらどうぞ」

といった呼び込みをやっている。

これがすごいシュールで、けっこう好きだ。

私も、インターネットを探しつづけている。

"
インターネットをお探しですか? - モジログ (via taizooo)

インターネットいかがですか?も聞いたことある

(via osamuya)

— 1 day ago with 711 notes
cycling-ex:

ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)は、ヤマト運輸株式会社(以下、ヤマト運輸)とともに産業競争力強化法に基づく新事業活動計画について、経済産業省及び国土交通省の認定を受け、リヤカー付き業務用電動アシスト自転車を活用した新たな配送事業活動を2014年10月1日より開始します。

cycling-ex:

ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)は、ヤマト運輸株式会社(以下、ヤマト運輸)とともに産業競争力強化法に基づく新事業活動計画について、経済産業省及び国土交通省の認定を受け、リヤカー付き業務用電動アシスト自転車を活用した新たな配送事業活動を2014年10月1日より開始します。

(via kakisibu)

— 2 days ago with 65 notes
"

おそらく一生忘れられない
両親のセクースの話で恐縮なんですが・。 20年くらい経った今でも、昨日のようの
ことに思い出します。

少学5年の夏休みが終わりの頃でした。 いつものように飯を食って風呂に入って
一旦寝たんですが、なんか夜中1時頃になっても寝つけませんでした。で、何か
食おうかなと思いつき、1階の居間に行くことにしました。

階段を降りかけたところで、両親の寝室のドアが5センチくらい開いていて、何やら
騒がしい(?)声が聞こえました。

俺は、既に何回も、声と気配を感じたり目撃していたため、ある意味(?)
慣れていました。 時には、部屋に帰ってオナーニのおかずにしていたので。(笑)

だからその時も、 「あ、またヤってるのかな。でもドアしめろよな~ !」と、半分ムカ
ツキながらも、いつものようにスケベ心がムクムクわいてきたので、抜き足差し足で
ドアの隙間に近寄り、息を潜めて、中のようすをうかがいました。

この日は、月の光がとても明るくて、部屋の中はわりと鮮明に見えました。

ベッドの上で、パジャマ姿の父が、あお向けに寝ている母に覆い被さるように
していました。 セクースする前かした後かはわかりませんが、抱き合っていました。
何故か母はすすり泣いていました。 そんな母を父は抱き、キスしたり頭を撫でながら、

「大丈夫や。 何も、心配すんな。○○(俺)も○○(妹)も、ええ子やから。」
「俺がついとるから、何も心配すんな。大丈夫、大丈夫。 愛してるから。待っとるから・・」
「心配すんな○○(母の名前) 愛しとる!俺がついとるから! 」 などと、大きな声で語り
かけていました。 

やたらと 「大丈夫」とか「心配すんな」を繰り返す父に、俺は何か、いつもと違う雰囲気を
感じていました。 なんか、切羽詰った雰囲気でした。

その後、母が半分叫ぶように、
「○ちゃん(父の名前)、私怖い・・!嫌や~。お願い、ずっと抱いてて!怖い!」と
言いました。そしたら父が、
「アホ!おまえがそんな弱気でどうする!絶対戻ってこような、大丈夫やから!」と
叫ぶように言い、なんか、父まで泣き声ぽくなってきて、二人で抱き合って大泣きし
はじめました。

俺は唖然としましたが、目が話せなくてそこから動きませんでした。

しばらくしたら、母の泣き声がなんか喘ぎ声ぽくなってきて、フッと見ると、いつの間にか
パジャマを脱いだ両親がヤってました。 父は何度も母の名前を呼び、今まで見た事も
ないような優しいしぐさと声で、母を愛撫していました。 母は喘いでいるだけでなく、
やっぱり泣きつづけていました。

「絶対直るから。絶対良くなるから。俺がついてるから! がんばって治そうな。
正月になったら、また○○(俺)と○○(妹)とお前で、グアムあたり行こうか!なぁ!」

と、父が母に語りかけました。

その時になって、俺は母が何か病気かケガをしていて、ちょっとヤバイ事になってる
のだということを、初めて知りました。母ちゃんヤバイんか? どんな病気なんや?
何なんだ一体!! と、激しく動転しましたが、俺は何故か一歩も動けず、声も出せ
ないまま、両親をそのまま見ていました。

そうこうしているうちに、母がいつのまにか父の上に乗り、腰を動かし始めました。
ふとんがほとんど剥がれていて、揺れるオパーイが月の光で丸見えでした。
母は泣いているようにも笑っているようにも見えました。

「○ちゃん(父)と結婚して、私とっても幸せや・・。」 みたいな事を、母は言いました。
何故かその言葉で、俺は、勃起しながら泣いてしまいました。
その後、どのくらいその場にいたか覚えてませんが、気付いたら俺は自分の布団で
泣いてました。 その夜は、結局一睡もせずに終わってしまいました。

その翌日、ばあちゃんが家にきました。 母は、「お母さんしばらく病院いくから、ばあちゃんに ご飯つくってもろてね。」みたいな事を、普通に明るく言い、病院に行きました。 
俺は、頭が真っ白になりました。妹は全然わからないみたいで、「いってらっしゃーい!」と
元気に送り出しました。 

母は、そのまま入院し、11月に亡くなりました。 末期の膵臓ガンでした。38歳でした。
父は、男手ひとつで俺と妹を育てあげ、妹を嫁に出した4年前、母のところに行きました。

俺は今、嫁さんとこの家に住んでます。 心なしか、両親の寝室(今はほとんど物置(?)
に行くと、嫁さんとケンカしていても、優しい気持ちになり、すぐに仲直りできる感じがします。
嫁さんもそう言ってます。

"
— 2 days ago with 329 notes